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私の保育士時代(経験談・コラム)

保育園は『女の園』…人間関係&パワハラで適応障害【保育士実録経験談】

一番最初に働いていた職場で、社会人の洗礼というか・・・。結構大変な目にあったなぁと、今でもしみじみ思い返すことがあります。私立の認可保育園で、2歳以下の子どものみを預かる「乳児保育園」というところです。
2年制の専門学校を卒業した、まだ19か20そこそこの自分は、このアットホームで小さな保育園で働くことが決まって、「ここなら、きっちり保育士として、社会人としてレベルアップできるぞ!」と意気込んでいたんですが・・・

レベルが上がるどころか敵が強すぎてすぐにHPが0に・・・笑

敵は色々でした。ひとつは家から非常に遠かった事。
同じ市内ではあったんですが、家から最寄りの駅まで20分徒歩、30分電車、また駅から保育園まで20分強の徒歩という状況だったので、早番の日は、朝5時には家を出なくちゃなりませんでした。
(雪深い地域で交通機関が遅れるのが普通だったので、冬季は家を出るのは朝4時半に・・)
もう一つは、先輩先生もなんだかアタリが強かったこと。
質問しても
「そんな当たり前なことも知らないの?」
と真顔で返され、次第に話しかけるのさえためらわれるようになりました。
保育園勤務の保育士には大抵月案、週案、そして日案と、毎日保育計画を書いて提出するという作業があり、日誌を書くこともあり、更に新人ということで本日の反省・振り返りも実習期間以上にみっちり書かされました。
そんなわけで連日残業ではあるけれど、そもそもこの職場にはタイムカードが無く、残業代なんて話に登ったこともなかったです。

それだけ頑張ったなら認められるかな?

そう、期待を抱いたこともありました。自分の仕事だけでなく、他の先生の作業(壁面装飾作り、アルバム作りなど)をやるように作業の指示をされましたけれど、その分自分のやる作業が軽くなったり他の先生が補填してくれたりという事は無かったです。
残業して書いた書類はことごとくボツ。新卒で、経験がないのだからしょうがないんだけれど、無い知恵をひねって書いた日案はひとつも形に残らず、遅くまで残って書いたクラス便りも一度も保護者の陽の目を浴びませんでした。
自分が、子どもにこうなって欲しいからこういうねらいで、こうしたい!と思う日案を立てると「はぁ?」と言われ、ひとりならず何人もに笑われちゃったり・・・。
今考えれば、とっても「安く」働きました。
それに、自分のやった仕事が人の目に触れない・・・形に残らないって、非常に達成感も得られなくて・・・とても空しく感じました。
ある日勤務時間後に別室に呼び出されて・・・なんだろうと思ったら、コピーを1枚間違えたことへのお説教でした。
この時、改めてコピー機の使い方を教えてくれるというわけでもないんです。1~2時間くらいずっと「ないわーありえないわー」「ほんっと、ないわ」と言われて・・・
今思えば、ただただいびりたかったんじゃないの?ってw
私、学校から出たての新人だったんです。OL経験があるわけでもないし、コピー機なんて使ったこともなかったんですよ・・・。
またあるときは、月齢の低い子どもの泣きぐずりをあやしていると、「もう働き始めて1ヶ月も経つのに、まだ泣かれてるの?」と皆の前で直接言われたり。
今では、「赤ちゃんは泣くのが仕事」と自分で思えるようになった私ですけれど、この時の超新人レベルの自分では、1ヶ月で完璧に一人一人全部バラバラな子どものツボを押さえててパーフェクトにあやし切るなんて、まず無理です。
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暗黙の了解って恐ろしいです。ベテランの先生達は、新卒の私もきっと「誰か」にもう聞いて教わっていて、園の常識・保育の常識、暗黙の了解を熟知していると思っているようでした。
在任の先生たちは、教えることをほかの先生に押し付け合い、結果的に私は誰からも暗黙の了解を教えてもらえず、ただ「知らない」だけで叱られまくっていました。そしてそれを笑われていました。

暗黙の了解は、誰かが教えるか、本人が聞かないと知り得ない

でも、本人は気づきようがないんです。特に新人はまだその世界がわからないから、知り方すらわからない。(だからこそ、私はこのサイトを作りました・・・)
そして、それは、子供の安全を守るための知識というものではなく、例えば、職員室の入り方、靴の並べ方、出されたお菓子の取り方、職員会議の時に理事長や主任へのお茶の出し方・・・
そういったあまりにも些細な物にも、暗黙の了解はありました。
もちろん、今思えば「自分からもっと聞けばよかった」と思うんです。
でも、社会人になり立ての自分は、内気でなかなかそれがうまくできませんでした。何を聞いても第一声が「は?」のおっかないおばさん達に、気おされ、すっかり縮み上がってしまったんですよね
私は、元々「臨時職員」という1年更新の雇用契約での就職でした。とはいえ、保育園の臨時職員はよっぽどのことがないと原則的には更新されるものです。
それに、辞めるか何かで正職員の現在の枠が開けば、上に一個スライドしてそのうち正職員が自分に回ってくるという感じだったんですが
私は1年で雇用停止、つまりはクビにされてしまったんです。img/919ffe807ac97d667b494a4eca1d8b2f_s-compressor.jpg” alt=”” />
心の中で理不尽な日々に疲れていたし、社会人になり立ての私はきっと全部顔に出ていたことでしょう。我ながら、かわいくない新人だったと思います。
でも、冬になる頃にはすっかり気持ちも体もすり減ってしまったような感じだったので・・・この更新しないという通達も、悲しいというより、怒り、そして疲れて「ああ、やっぱり」と、ぼんやり聞く感じでした。
でも、通達をするとき、園長が私に言った、
「専門学校卒の新卒をうちの園で初めて採用したが全く成長の見込みがない」
「母子家庭で育ちが悪い」等、人格否定のような言葉も一緒に言われました。
これには流石に怒りがこみ上げました。
でも・・・もう精神的に擦り切れて疲れきっていた私は、どうでもよくなっちゃえという気持ちに自分で笑えるくらいで、涙もたらたらとしか出ませんでした。
しかもこれ、よりにもよってクリスマスイブに言われました(笑)なんてひどいプレゼントでしょう!!w

あと数ヶ月で二十歳になる若い社会人には、辛かったです。泣きながら家に帰り、母と鶏ももをかじりワインを飲みました。
そして翌日は公休だったので、そのままハローワークへ行き次の就職先を見つけました。
(保育士の求人は・・・それなりに多かった笑)

もちろん、こんな保育園が全てではない

この乳児保育園にも、上の先生達と仲良くやっていってる雰囲気の1~2年目の保育士もいました。
たまたま、私の気質と園の上の方の人達の気質が合わなかったようでした。
そして、それを柔軟に受け止め流せるおばちゃん的スキルがまだ私に備わっていなかったために、こういう結果になってしまったんだと思います。
いろいろ辛い思いもしましたが、

「そういう人も場所もある。合う合わないもあるし、ある一定以上は自分ばかり無理をしなくてもいいんじゃないかな。」
「職場を変えることが罪と思わなくていい、我慢することを美徳にしない。せっかく資格があるのだから自分に合う場所を探す事は決して後ろめたい事じゃない」
「自分自身に価値がないと思い込まず、合わなかっただけだと、流せなかっただけと割り切るところは割り切り、反省すべきところはしっかり反省しよう」

と、その後の人生観も、学べたかなと思いました。
ちなみに乳児保育の現場経験の方はというと、この1年で本当にたくさん収穫がありました
この経験は次の女性がほとんどで構成されている職場は、陰湿ないじめ、陰口の温床になりがちと思われがちです。確かにそうとも言えますが、環境は自分で変えられるものです。
それに気づいていなかった私は、
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